学園の概要

本学園の歩み

日本国民高等学校 初代校長 加藤完治

本学園はデンマークのフォルケフォイスコーレ(生のための学校)をモデルに、寄付によって設立された私立の学校です。

設立時の中心人物である那須皓(なす しろし)は以下のように書き残しました。

教育の本義は人づくりにあり。知識、技術の習得はこれに付随する。人づくりは活ける人格の感化と、事々物々に即しての実践的修行によりて達せられる。

この精神のもと、農場において職員と学生が共に汗を流し、農家と同じような規模で農場実習をすることを教育の基本としています。

作物、家畜に合わせたスケジュールと、寮生活での人間的な深いかかわりの中で、農業者として、社会人としての素養を身に付けていきます。

現在の学生は、10~50歳代と経歴も目標も様々です。

農業者へのキャリアスタートとして、実家の経営を継承する準備として、国際協力の準備、農業法人への就職等、このように多様な学生同士の交流もまた教育上、重要だと考えています。

稲作、野菜、かんしょ、水耕栽培、有機農業、畜産(牛・豚)、農産加工などの部門を専攻しながら、自分に合う農業を見極め、農業者としての教養を広く身に付けて、全国各地にはばたいていきます。

■沿 革

大正14年デンマーク国民高等学校に示唆を受け、社団法人日本国民高等学校協会設立
昭和2年農村中堅人物の養成を目的に「日本国民高等学校」として開校(友部町)
第1回生男子40名が入学
初代校長は加藤完治
昭和3年女子部第1回生入学
昭和6年農民の販売取引の問題解決策として、農産物販売合理化のため東京神田・岩本町に販売部を開設
(国が統制経済に入る昭和15年まで継続)
昭和10~17年筑波海軍航空隊の拡大に伴い、友部から現在地の内原へ移転を実施
昭和13年総雨量600mmの未曾有の大水害が発生
水害被災地に学園15町歩の陸稲苗をすべて水田移植苗として無償提供
昭和18~19年戦時下において食糧需給がひっ迫し、15町歩(通路を除く実面積)の苗床でサツマイモの苗を育成し、1700万本を全国に供給
昭和25年新制高校設置に伴い、「日本高等国民学校」に校名を変更
昭和42年加藤完治死去。
昭和45年新校舎に移転。
昭和55年高学歴化に伴い、校名を「日本農業実践大学校」に変更
昭和60年茨城県より専修学校認可を受ける。
平成3年文部省より大学受験資格の認可を受けるため、校名を「日本農業実践学園」に変更
平成8年就農準備校に指定され、週末の農業講座を開始
平成10年短期農業体験研修を開始し、平日3~5日の農業体験を受け入れ
平成25年公益法人制度改革に伴い、公益社団法人となる(4月1日)
平成27年認定農業者となる(10月30日)

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